クリーピー 偽りの隣人(原作未読)

2016.07.03 15:15

ソラリス シアター04

 

 ありえないこと、あってはならないことほどありそうな気がするし、心のどこかではそんな非日常に足を踏み入れることを望んでいたりする。

 引っ越し先の隣人がとんでもない人間だった。それはままあることだ。(あってほしくはないが) 原作の小説では人当りのよい中年が後々本性を現していくのだそうだが、映画の隣人・西野(香川照之)は初めから怪しい。どこからどう見ても怪しい。ことさらに自然物の強調された画面のなかで、影に溶けこむように立っている西野の異質さは最初に見たときからずっと気持ち悪い。居心地の悪い気分にさせられる。

 

 自然物と対照的に表されているのが高倉(西島秀俊)の職場である大学構内。きわめて現代的で立体的なデザインがされている。それらと同じように、あらゆる場面で光の描写、影の描写が露骨すぎるほどに表現されていて、現実と虚構だとか、日常から非日常へ嵌まっていく過程を鑑賞者が嫌でも追体験していくことになる。

 中でも、ずっと夢を見ているような康子(竹内結子)が美しかった。最後の絶叫が本当に素晴らしくて(台本にはなかったらしい)、竹内結子の凄さを感じた。

 彼女のなかでは始めから夫婦の問題だった。西野は誘導がほんとうに巧妙で、「旦那さんと僕、どっちが魅力的ですか」と康子に問いかける。本当なら勿論夫である高倉を魅力的だと答える場面だが、理想の夫婦像を描けていないという葛藤を抱えている康子は「夫が魅力的だ」と即答することができない。そうすると、康子の心理では「なぜ即答できなかったのだろう→西野に魅力を感じているのではないか」という考えに至る。紛れもなくそれは康子自身が作り出した妄想であり、事実ではない。だが嘘だと断じる術を康子は持っていない。このようなやりとりがいちいち巧妙で、西野がいわゆる一般的な「悪意のある人間」ではないことが強調されている。西野の一連の言動は、彼にとってはごく自然なことなのだ。

 

 最後の場面で、高倉の「それがお前の落とし穴だ」という台詞の真意が初めは分からず、単に高倉の意志の強さでどうにかなったということなのかと思っていたが……よく考えると、高倉の犯罪に対する好奇心は学者的でありすぎて、端的にいえば異常だ。西野が異常であるように、高倉もまたある意味では異常だったのだろうなと思う。西野は自覚的に異常行動をとっているわけではなくむしろその逆であるので、自分と同じように異常な人間が目の前にいることには気付けなかったのかも知れないとは思う。

 あっけなく撃たれ、倒れた西野の表情や姿勢が絶妙だった。少し笑っているようにも見える。風が吹き付けて枯葉がかかるのもとても美しく、西野は本当に死んだのか?まだ生きているんじゃないか?と後を引く終わり方。だけど本当にあっけない。人間は死ぬ。そういうところを黒沢監督はかなり意識的に作っているのかなあと思っている。

 

 黒沢清監督は『回路』が大好きで、何度も観ている。今作も黒沢監督の人間観、のようなものがよく見える作品だと思った。

 少しだけ文句を言いたいこと、大人の事情なので仕方がないことなのだが、パンフレットで澪(藤野涼子)のインタビューが読みたかった。考察・批評はとても面白かった。